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ハヤブサさんのこと

たまたま開いたYahooのトップ画面から
ハヤブサさんの訃報が
目に飛び込んできました。
頭の中が真っ白になって、
何も考えられなくなりそうでしたが、

そういえば、荒井社長の訃報を
知ったのも、平日の午後、
職場でYahooニュースでだったなぁ、

そんなことをふと思い出したりもしました。

このブログでも何回か書きましたが
団体名やお名前は書けずにいました。
でも今回は、思い出や今の気持ちを
まとめて残しておきたいと思い
書いてしまいます。

私がホームページ制作の仕事を始めて
最初に携わったもののひとつが、
FMWの公式サイトでした。

当時の勤務先のWEB制作会社の上司が
プロレス好きだったのがご縁で
代々、会社として
制作更新を担当していたのです。

小さい頃から「あしたのジョー」の
アニメ主題歌が流れてくるだけで
TVの前から逃げるほどの怖がりでした。
ボクシングとかプロレスは、
家族全員観る習慣がありませんでした。

最初のうちは、
異星人の言葉を翻訳するように
ムキムキの身体に似合っているのか
似合っていないのかよくわからない
(スミマセン)コスチュームを
身につけた選手たちの名前と
これまた謎のカタカナの並ぶ
試合結果を、ただただ機械的に
更新作業をしていました。

月1回、所属レスラーが
ファンと生でネット上で
会話できる、という日がありました。

今でこそ多くのスポーツ選手が
SNSや動画で
直接ファンと交流していますが
当時としては、画期的な企画。

ファンの方からの質問やメッセージが
続々と入ってくる掲示板画面を
選手と一緒に見て、
選手がお返事やリアクションを
口頭で話し、それをこちらのスタッフが
キーボード入力していました。

プロフィール写真の恐ろしげな
雰囲気や衣装とは全く違い、
チャットしに来てくださる選手は
ほとんどが、ラフなジャージ姿。
口べただけどとても気さくで優しく
今で言う「ギャップ萌え」で、
いっぺんに好きになりました(笑)。

一緒に来られるスーツ姿の荒井社長は
今まで自分が接したどんな人よりも、
きちんとしたサラリーマンの風貌で、

そしてレスラーよりも数倍大きな声で
いつもありがとうございます、と
挨拶してくださいました。
そして、レスラーさんたちにも
いつもとても丁寧に接していました。
選手を尊敬し、大切にしているのが
伝わってきました。

すっかりプロレスに興味を持った私は
試合のビデオを借り、
プロレス週刊誌を立ち読みし…

後楽園ホールなどで行われる試合にも
毎回行くようになりました。
(ご招待いただいたこともありました)

携わらせていただいた時期は、ちょうど、
デスマッチ系のスター選手が完全離脱し
極端なエンタメ路線に走り始めた頃。

リングに演歌歌手やAV俳優さんが上がったり
社長自身が試合に出たり、
これはプロレスなのか?ってかんじ(笑)

でも、超初心者の私にも面白い。
何よりもそんな茶番…というか
小芝居をつなぎに繰り広げられる
レスラーどうしの技のかけあい、
鍛えられた身体どうしが
目の前でぶつかることで生まれる
迫力ある興奮やドキドキは、
まぎれもなく、ホンモノでした。

中でもカッコよかったのはハヤブサ。

男臭さむんむんのレスラーの中で
(でもその頃はギャップ萌え効果で
そういうのもファンになっていた^^)
白を基調にしたコスチュームと
ジャンプや回転をしながら、
ひらり、ひらりと技を決めるすがたは、
まさに子どもの頃テレビで見ていた
ヒーローそのもの、というかんじでした。

数カ月後、選手のチャット企画の
入力係ができるようになりました。

毎回、私達の後ろに荒井社長がいて
質問によっては答え方に
指示を出されていましたが、

その頃には私も、技の名前や試合経過、
前月までのストーリー(笑)を把握し
マニアックで熱い質問をしてくる
ファンの方と、
慣れない画面を見ながら
一生懸命答えを考えている選手が発する
言葉の断片を、その選手らしい
しゃべり言葉に変換しながら入力して
会話をつなげるようになっていました。

チャットに(ついに)ハヤブサさんが
来られたきは、
すでに、かなりファンになっていたのと
目の前すぎて、カッコよすぎて、
緊張してあまりお話できなかったのですが
(小心者…)
1つのモニタ前に並んで座った
1時間ほどの時間は、
今でも、眩しい思い出です。

その後私はラジオの仕事に
戻ることになり、退職の挨拶をしたとき
荒井社長がほんとうに残念そうに
新しいところで頑張ってくださいね、と
言ってくださったのが、うれしく、
そして心から申し訳なく思いました。

転職後もしばらくは試合を観に行って
いましたが、
私が在職中最後に観に行った
横浜アリーナでの興行が、
団体として、いちばん
ピークの時期だったのかもしれません。

ハヤブサの大けが。
その後、社長が亡くなったこと。

私ひとりがどうこうしたって
どうなるものでもなかったろうけど
最後までお手伝いできなかった
心苦しさが残っています。

去年くらいから本格的な再始動?と
思えるような話題も飛び込んできて、
今年こそは勇気を出して
会いに行ってみようかな、と
思っていました。
後出しでこんなことを書くのは
バツが悪いしずるいのは承知ですが。

悔しいし、悲しいけど、でも、
今回のことが報じられたとき
「プロレスラーのハヤブサさん」
と、肩書きをつけて言われるのが、
すごくうれしかったし、
なんだか、誇らしかった。

プロレスラーは格闘技と違って
闘いを演じている、なんて
見られがちですが、生で観れば
そんなことは決してないし、
ハヤブサは最期の最期まで
ほんとうにプロレスラーとして
生きたのだと思います。

ずっとネットで見守っていただけで
何もメッセージを送れなかったけど
それでも、私は彼の毎日の様子から
すごく勇気をもらっていたし
多くの方がそうだったろうし、
これからも、そうだと思います。

天国で荒井社長のもと
また、ワクワクする試合を見せてくれる
団体を作っててほしいなぁ。

いや、もう社長のお仕事はいいから、
荒井さんはリングアナさんがいいな。
ときどき試合に出たりして(笑)。

いつか、楽しみに観に行きます。

ありがとうございました。

ハヤブサが試合後に叫ぶ決め台詞は
試合を観ていた頃からずっと、
私の心の中にずっとあって、
今も、チカラがほしいとき、ふと
口をついて出て来たりします。

「お楽しみは、これからだー!」
 

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